
IPO成功の可否は、監査法人選定で決まると言っても過言ではありません。
IPO準備において監査法人は単なる会計監査に留まりません。企業の内部統制強化や事業計画のブラッシュアップ、証券会社との効率的な連携など、多岐にわたる役割を担う戦略パートナーです。
ここではIPOにおける監査法人の必要性から、その役割や選び方および費用、さらには近年顕在化している「監査難民」問題とその対策まで、網羅的に解説します。
IPOを成功裏に導き企業価値を最大化するために、監査法人選定を戦略的に行いたい経営者の方は、ぜひ最後までご覧ください。
IPOにおける監査法人の必要性とは

監査法人とは、「会計監査」を実施する法人で、監査証明業務に加え、非監査業務やコンサルティング業務なども行っています。設立するためには、5名以上の公認会計士が社員として必要です。
監査法人は企業の依頼を受けて監査業務を実施します。IPOを目指す企業に対して、監査法人は財務状況が上場審査基準を満たしているかを確認する役割を担っています。
原則として、依頼企業との利害関係がないことが求められ、公平かつ公正な視点で財務諸表を審査します。また財務諸表の監査に加え、内部統制などIPO準備に関する助言や指導も行います。
※ 上場審査に関する詳細は、「【IPO】上場審査とは?審査基準・流れ・対策ポイントを徹底解説」で取り上げています。
2期分の監査証明が必要になる
IPOを目指す企業は、上場申請の前々期(N-2期)と直前期(N-1期)の財務諸表について監査を受ける必要があり、監査法人から2期分の監査証明を取得しなければなりません。
上場申請時には、監査法人が作成した「監査報告書」を提出する必要があるため、事前に2期分の監査を依頼しておく必要があります。さらに上場後も四半期レビューや期末審査が求められます。
以上のような理由から、企業にとって監査法人の選定は非常に重要なのです。
監査法人の果たす役割

監査法人は、法律や基準に基づき、決算報告書や財務諸表が正確に記載されているかを確認し、その結果を報告・証明します。監査はチームで実施され、監査計画の立案から決算報告の確認まで、1年を通じて行われます。
監査法人の主な役割は大きく分けると、「監査証明業務」「非監査証明業務」のふたつです。
監査証明業務
監査証明業務とは、企業の決算書や財務諸表が適切に作成されているかを確認し、その内容を証明することです。帳簿や領収書などの確認に加え、関係者へのヒアリングや現地での調査も実施されます。
監査証明業務が完了すると、監査結果と意見をまとめた「監査報告書」を依頼企業に提出します。以下は、主要な監査証明業務です。
- 上場準備会社の金融商品取引法に準ずる監査金融商品取引法による会計監査
- 会社法による会計監査
- 子会社などに対する任意監査
公認会計士による監査は、会社法や金融商品取引法に基づき、資本金が5億円以上の大会社など特定の企業に義務付けられています。
IPOに必要な監査
IPOの際には、証券取引所の規定により、金融商品取引法に準じた監査を行うことが一般的に求められます。
なお監査法人が財務書類の作成や、社内管理体制の構築方法の決定することはできません。財務書類の作成と社内管理体制の構築は、企業自身が行う必要があります。
非監査証明業務
非監査証明業務とは、監査法人が行う監査証明以外の業務のことです。依頼企業の課題解決を支援する非監査証明業務も、財務諸表の監査と同様に重要な役割を担っています。
これらの業務は企業活動を支援することを目的としており、以下のような業務を行います。
- 経理業務の効率化支援
- IPO(株式上場)支援
- IFRS導入支援
- M&Aの実行支援
- 開示書類の作成支援
- 会計、税務に関する相談
依頼可能な非監査証明業務の内容は監査法人によって異なりますが、その範囲は幅広く多岐にわたります。
IPOに際して監査法人が行う業務

IPOの際に監査法人が担当する業務には、次のようなものがあります。
個別に内容を見ていきましょう。
IPO準備としてのショートレビュー
監査法人は、迅速かつ効率的な株式上場準備を支援するため、まずはショートレビューを実施します。ショートレビューとは、企業が抱える課題や問題点を整理・抽出する業務です。
数日間にわたるヒアリングや資料レビューなどの実地調査を行い、報告書を作成します。その後、その結果に基づき、主に会計計画を中心とした体制整備のアドバイスを行います。
ショートレビューは短期調査とも呼ばれ、IPO実施の際には以下のような事項について調査を行います。
- 経営管理体制の整備状況
- 事業計画のチェック
- 予算管理体制の状況確認
- 内部管理体制
- 会計体制に関する状況確認
- 資本政策の内容のチェック
- 関係会社や特別利害関係人の状況
ショートレビューを受けることで、IPOを目指す企業は上場までの課題の量を把握できます。それにより上場準備の作業を効率化することができます。
ショートレビューを受ける時期
ショートレビューは、IPO準備の初期段階で受ける必要があるでしょう。非効率な準備によって、上場スケジュールの遅延や不要なコストが発生しないようにするためです。
ショートレビューは上場準備の初期段階、具体的には上場申請の3期前(n-3期)を目安に実施することが推奨されます。
内部統制・管理に関する助言や指導
上場審査では、申請企業が内部統制報告制度にどの程度対応できているかが確認されます。内部統制や管理体制について助言や指導を行うことも、IPO時における監査法人の役割のひとつです。
※ 内部統制の詳細は、「【IPO】株式上場における内部統制の必要性や目的や要素を解説」で取り上げています。
上場審査では、証券取引所が申請企業の内部統制制度への対応準備状況を確認します。そのため、監査法人から指摘を受けた場合には、速やかに改善し、適切な体制を整備しておくことが求められます。
財務諸表の監査
IPOを行う際には、原則、上場申請の直前々期(N-2期)および直前期(N-1期)の2期にわたり、監査法人による監査証明が必要です。
従って監査法人に依頼して、監査を実施および監査報告書を作成してもらう必要があります。
監査法人は、売上や仕入などの会計処理が適切に行われているか確認し、必要に応じてより正確な会計処理となるよう助言・指導を行います。
引受事務幹事会社への書簡の作成
監査法人は、株式や社債に関する内容を報告書としてまとめ、主幹事証券会社に書簡として提出します。この書簡は「コンフォートレター」と呼ばれています。
主幹事証券会社は、IPOの際に引受責任を担う企業であり、コンフォートレターを基に有価証券報告書の確認や引受審査を行います。
※ 主幹事証券会社の詳細は、「【IPOを成功に導く】主幹事証券会社の役割と選び方のポイント」で取り上げています。
株式上場後の監査証明やレビュー
監査法人は監査人として、有価証券報告書や四半期報告書などの開示書類に対し、監査証明やレビュー業務を実施します。
有価証券報告書や四半期報告書は、金融商品取引法に基づき上場企業などが開示する情報になります。当該報告書は、投資家が適切に投資判断を行えるようにすることが目的です。
監査法人は、企業の決算情報に重大な誤りや虚偽がないかを監査します。このような重要な役割があるため、監査法人の選定は上場後のことも考えて慎重に行う必要があります。
IPO支援の監査法人の選び方のポイント

IPO支援を手掛ける200以上の監査法人のなかから、適切な監査法人を選ぶためのポイントは次の4つです。
それでは個別に内容を見ていきましょう。
監査法人の規模から選ぶ
IPO支援業務を依頼する監査法人は、大手、準大手などの規模にて選ぶ方法があります。監査法人の規模の大きさは、次のように分けられます。
- 大手監査法人
- 準大手監査法人
- 中堅・中小監査法人
大手監査法人
大手監査法人とは、次の日本の4大監査法人が該当し、100社以上の上場企業を監査するなど大規模な監査能力を持っています。
- 有限責任あずさ監査法人
- 有限責任監査法人トーマツ
- EY新日本有限責任監査法人
- PwCあらた有限責任監査法人
海外の大手ファームと提携しており、国際対応力が高く、複雑な業務に対する豊富な経験があります。特にIPO支援やIFRSに関する専門部署が充実していますが、監査報酬はやや高めです。
準大手監査法人
大手に次ぐ規模で、上場企業の監査を数多く担当しています。準大手監査法人に該当するのは次の4社です。
- 太陽有限責任監査法人
- 仰星監査法人
- 東陽監査法人
- 三優監査法人
監査報酬は大手監査法人と比較して、安価な場合があります。国際的なネットワークや高い監査品質も提供ができるので、中堅上場企業での選定が増加しています。
中堅・中小監査法人
中堅・中小の監査法人は規模こそ小さいものの、大手出身の監査人が在籍し、高品質な監査サービスを提供する場合もあります。
大手にはない迅速な対応やリーズナブルな報酬も魅力的で、総合的に検討して中小監査法人を選ぶのもひとつの選択肢です。
ただしIPO対応や海外連携の面では、大手や準大手に劣る面があるため、選定にはその点を考慮して判断する必要があります。
取り扱い実績から選ぶ
上場審査にはさまざまな細かなポイントがあり、経済環境や基準の変化に対応するための経験が必要です。
また実務的な対応や審査担当者とのやりとりを通じて、得られる経験も重要です。こうした実績が監査法人を比較する際のポイントとなります。
実績を確認するときは、次の点を確認します。
- 業務年数
- IPOに関する実績
- 監査に関する事例
IPO支援の実績や同業他社の支援経験が豊富であれば、その分ノウハウが蓄積されており、上場準備をスムーズに進められます。
加えて、これまでどのような企業の上場支援を行ってきたか、自社と同業種の企業を担当していないか、といった点も確認しておくとよいでしょう。
業界・ビジネスモデルへの理解
一般的なIPOの知識が豊富であり、上場のサポート体制が整っていることはもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。
IPO準備においては、監査法人や証券会社の担当者が自社の属する業界やビジネスモデルを、十分に理解しているかも重要になります。
必要な利益管理や社内管理の体制などは、業界特有の慣習や企業のビジネスモデルによって大きく異なります。ですので、この点の理解が浅いと、スムーズなIPO準備が思うように進まない恐れがあるでしょう。
したがって、監査法人のこれまでの実績を確認した上で、担当者に自社の業界やビジネスモデルに対し、十分な理解があるかどうかの確認が重要です。
相性が合うか
IPO準備においては、担当者との「相性」も見落とせないポイントです。
IPOはタイトなスケジュールの中、膨大な新しい業務をこなさなければなりません。その過程で監査法人や証券会社は共に目標に向かって歩むパートナーとなります。
担当者が親身でなかったり、相性が合わなかったりすると、準備がスムーズに進まない恐れがあります。そのため、監査法人のパートナーやマネージャーなど、との相性を確認しておくことが大切です。
相性が合わない場合
もし担当者と合わないと感じる場合には、安易に監査法人自体を変えるのではなく、まずは担当者の交代をお願いするといいでしょう。
監査法人と契約する時期
新規上場に際しては、上場を目指す年度の2期前(直前々期)以降に監査法人などによる会計監査が求められます。そのため遅くとも直前々期の初めまでには、監査法人との契約しておきたいところです。
監査契約の締結が遅れると、直前々期の監査が不十分になり意見不表明になる恐れがあります。ですので、直前期の期首に監査契約を結ぶ必要があります。
監査法人にかかる費用

IPOに際しては直前2期間の監査が必須となり、監査コストは上場申請期(N期)に向けて徐々に増加していきます。加えて、会計処理の複雑さや連結の有無などによって価格は大きく左右されます。
当該IPO案件が、比較的複雑性が低い場合の目安の費用は次のとおりです。
直前々期(N-2期)で1,000万~1,500万円前
直前期(N-1期)で1,200万円~1,800万円前後
申請期(N期)で1,500~2,000万円程度
中小監査法人の方が大手よりも比較的料金が安い場合もありますが、どちらの場合でも近年では価格が上昇傾向です。
※ IPO全般の費用に関する詳細は、「上場(IPO)にかかる費用を解説|審査費用、新規・年間上場料」で取り上げています。
近年の監査難民について

「監査難民」とは、IPOを目指す企業が、適切な監査法人をなかなか見つけられない状況のことです。特に小規模企業や地方企業でこの問題が起こっています。
IPO件数の増加による監査需要の急増と、監督基準の厳格化により監査法人の業務負担が増えていることが、要因として挙げられます。
また監査人の人手不足や、働き方改革による労働時間の制限も影響があります。これらが企業のIPOスケジュールの遅延や上場の困難さを引き起こしているのです。
監査難民にならないためのポイント
監査難民の問題が顕在化するなかで、IPO準備を進める企業が監査法人を選ぶではなく、むしろ監査法人が適切なIPO準備企業を選ぶ傾向です。監査難民とならないためには、次の3つのポイントに注意が必要です。
- 精度の高い事業計画を作成する
- 会計制度と内部管理体制を整備する
- 監査報酬の現在の相場を把握する
それでは個別に内容を見てみましょう。
精度の高い事業計画を作成する
監査法人との契約を結ぶ際には、IPOの実現可能性やスケジュール通りに達成できるかが重要視されます。そのため、客観的かつ実現可能性の高い合理的な事業計画を用意することが求められます。
監査法人は新規契約の際、事業計画の精度と信頼性を確認し、信頼性の高い企業には積極的に対応する傾向があります。
理想的な成長だけを示すのではなく、明確な根拠に基づく数値や現実的な計画を提示できるかどうかがポイントとなります。
会計制度と内部管理体制を整備する
会計制度と内部管理体制を早期に着手し、整えることが重要です。監査法人は工数や人手がかかる案件を避ける傾向があるためです。工数や手間がどれだけかかるかは、内部管理体制の整備状況によって判断されます。
手間がかかる企業だと判断されないためにも、適切な管理体制を整えましょう。これにより、監査法人も信頼性の高い監査をスムーズに行えるようになります。
監査報酬の現在の相場を把握する
監査法人との契約をスムーズに進めるためには、現在の報酬水準とトレンドを把握し、現実的な交渉を行うことが重要です。
過去には、人手に余裕があり監査法人が積極的にIPO案件を引き受けていたため、採算が悪かったり、赤字であったりしても契約するケースも見られました。
しかし現在は深刻な人手不足により、上場会社などの他案件と比較して採算が悪い場合は、契約を断られる可能性があります。
監査法人の採算性も考慮しつつ、適切な報酬体系を交渉しましょう。案件を受けてもらうためには、過度な報酬要求を避け、相互に合意できる範囲で進めることが重要です。
監査法人選定、成功のための羅針盤

IPOを目指す企業にとって監査法人は、単なる監査だけでなく上場準備全般にわたる重要なパートナーです。
本記事では監査法人の役割から選定のポイントや費用、近年の監査難民問題まで、IPOに臨む企業が知っておくべき知識を包括的に解説しました。
監査法人選びは、企業の未来を左右する重要な意思決定です。 ここでお伝えした選定ポイントを踏まえ、貴社に最適な監査法人を見つけ、IPO成功を確実なものにしてください。
適切な監査法人との協力は貴社の成長を加速させ、企業価値を最大化するための強力なエンジンとなるでしょう。
【補足】監査法人IPO件数ランキング
2023年実績における、監査法人がIPOさせた件数ランキングは次のとおりです。なお件数をカウントするにおいては、鞍替えや指定替え、TOKYO PRO MARKE含みません。
順位 | 法人名 | 件数 |
1位 | 有限責任監査法人トーマツ | 17件 |
2位 | EY新日本有限責任監査法人 | 14件 |
3位 | 有限責任 あずさ監査法人 | 11件 |
3位 | 太陽有限責任監査法人 | 11件 |
5位 | PwC京都監査法人 | 9件 |
6位 | 仰星監査法人 | 6件 |
7位 | BDO三優監査法人 | 5件 |
8位 | PwCあらた有限責任監査法人 | 4件 |
9位 | 監査法人A&Aパートナーズ | 4件 |
10位 | 東陽監査法人 | 3件 |